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2009/07/26

「精神」

20090726


「選挙」の想田和弘監督による

2作目の"観察映画"(ドキュメンタリー) 「精神」

上映後の監督トークを観てきました


岡山県で精神病院の開架(病棟に架けられた鍵を取り外す)に尽力され

大病院での精神医療の有り方に疑問を抱いた精神科医 山本昌知さんが

患者の方々と共に設立した「こらーる岡山」という精神診療所施設を舞台に

患者や医師 施設スタッフの姿を追った

(想田監督の言葉をお借りすれば)

"(患者とそうでない人とを遮断する)カーテンを取り払う"映画です


想田監督は 

"この映像には(監督本人の)主張はないが 視点はある"

とおっしゃっていました

それは例えば(これは実際にトークで出た例ですが)


"カメラが某政党のポスターをズームして

精神病患者(あるいは医療)とこの政党(あるいは政治)は無関係ではないですよね?

むしろ何かしらの関係があるような気がしませんか? 

と投げかける

けれども どういう関係があるか?と思うかは

ご覧になった皆さんそれぞれ違うでしょう

その多様な意見を映画を通じて引き出すことが重要なのです"


といったものです


(ただ監督ご本人も認めていらっしゃいましたが 主張が全くないわけではないです

主張を息をひそめて殺しながらカメラを回しているように 僕は感じました

なぜなら カメラに映し出された強烈な個性を持った患者さんを前に

全く無感情でいられることは 人間として不可能だと思うからです)


ご覧になられた観客の多くは 

"こらーる岡山"という精神診療所施設に同居しているような

疑似体験をしていたと思います(もちろん僕も含めて)

そして 同居(あるいは疑似体験)をしていても 

患者さんの心の奥底や闇の部分をすべて知ることは出来ない 

ということを知ることが出来ると思います

何度も知ったような気にはなるのです! 何度も何度も・・・

ですがそれはすべてを知ったわけではないと

後々打ちひしがれることになります

特に ラストのエピソード 

そして エンドロールで明かされる事実

・・・

でもそれは何も 心の病を患った方々に限った話ではなく

僕たちが日常心の中に抱えているものと

明確に区分出来るものでもない

(これも監督の言葉をお借りして) "グレー"であることを知ることが

"カーテンを取り払う"ことなのだと強く感じました


もうひとつ強調すべき点は 

山本先生の人柄とセラピー対する考え方に救われます

山本先生は診察中患者の話をさえぎらず ひたすら耳を傾けて聴く

ひたすら聴いた上で 患者が悩みを相談する段階に至ると

"あなたはどうしたいかな?"と患者本人に決断を促す

それを積み重ねてゆくことで患者に主体性を回復させ 

真の治療を目指す

この山本先生のセラピーにとても共感を覚えたと同時に

共感を超え山本先生そのものが好きになってしまう

人間的魅力に触れることが出来る点に

この作品の救いを見出しました


監督に明確な意図があるのかどうか定かではありませんが

(地上波テレビほどではないものの)

映画の表現に関する制約条件が年々増える日本を離れ

(例えば製作や宣伝のための資金調達は日本に居た方がしやすい半面 

その分映せない映像も増えるでしょう)

海外(監督はニューヨーク在住です)に拠点を置き

海外から日本を撮ることで

撮りたいテーマを自由に撮ることが出来る環境で撮るあたり

クレバーな方だと思います


パンフレットの斉藤環さんによる解説はかなり秀逸です

もし映画をご覧になられる機会があれば

買わずとも目を通されることを強くおすすめします


この映画の記憶は簡単に消せはしませんし 

また消すべきでもないと思います

ただ 早急に何か違う映画なり何なりを観ることで

僕自身の精神的バランスを保たなければ・・・と思うくらい

背中に強烈な爪痕を残す作品であったことも

また 事実です


いずれにせよ この映画に出会え 目を背けず観てよかった 

と思います





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2009/07/24

米山俊直 「祇園祭」

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今頃苗場に居る人が大勢いるんだろうな… ということで

日本の伝統的夏フェス 祇園祭に関する良書をご紹介します


米山氏(故人)は文化人類学者で

アフリカの狩猟民族や日本の農村をフィールドワークされたのち

未開や田舎のみを研究対象にすることは果たして

現代の人類学研究にそぐうものか? と自問した結果

都市をフィールドワークの対象にした"都市人類学"を構想しました


その研究成果のひとつとして

1973年の祇園祭を徹底かつ多角的に調べ尽くしたのが本書です


この本が面白いのは まず

調査隊の学生たちを描写した ユルい日記調の記述が随所に書かれているところで

(”××日に○○君がどこそこでファンタを飲んだ” といったユルすぎる情報多数!)

祇園祭に関わる人々と それを調査する学生たちを 同時進行で観察する という

二つの物語が平行線を保ちながら なおかつ

日本最大級の祭事がアカデミックに検証されてゆく醍醐味があります

(とくに序章と終章は小説のようにスラスラ読めます)


読み進めるうちに

神事としての祇園祭

町衆によるハレの日としての祝祭

そして祭を見物する人々のための観光

神事-祝祭-観光という三つが 緩やかにつながりつつも分離する

祭の都市化が浮き彫りになってきます

(例えば観光客は祇園祭を神事として参加してはいないはずです)


そして 都市化の波が担う町衆の後継者不足という問題と

観光客数の増減に運営する体制や経費が踊らされる経済的側面 といった

都市が祭を飲み込んだ行く末のリアルな現状 を目の当たりにし

祇園祭の影の部分にも目を背けず 容赦なく光を当てています


さらに 祇園祭の事例から都市化と人間との関係にまで踏み込み

都市に生活する人間における日常(ケ)と非日常(ハレ)について

一考を促すに至ります

(スーツ着て会社へ出勤するのは日常ではなく祝祭的な非日常にも成り得るように)


つまり 

祇園祭が抱える課題は都市における人間が抱える課題の縮図とも言い得る

といったところでしょうか

余談ですが この1973年の祇園祭を調査した学生たちは

大学の"文化人類学実習"という 一般教養科目のたかだか4単位のために

1年のうち相当な時間を費やしています

アツすぎる!


神事としての祇園祭は7月末日まで続きます

Gion Festivalは密やかに継続中です





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2009/07/22

「SEX CITY」directed by Roman Coppola

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ロマン・コッポラ

(つまりフランシス・F・コッポラがお父さんで 妹はソフィア・コッポラ)

が手がけたDVDを購入しました

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(上:チャプターメニューの映像 下:パッケージ内側のアートワーク)


映像の内容ですが 

「SEX AND THE CITY」とタイトルは似ていますが 

1%もかぶることなく

ミニマルなテクノをBGMに

古いポルノ映画などからサンプリングした映像に

アニメやCGを無駄にオシャレにコラージュしたものです

ハッキリ言って 無駄にオシャレです! 

過剰です! バカバカしいです!

捏造されたB級モノです!

だから 買う価値があります!


こういう 

一生出会わなくても人生に何ら影響しないのに何度も観たくなるもの

個人的に大好物なんですよ!





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2009/07/19

石橋英子,Gianni Gebbia,Daniele Camarda

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石橋英子さんの新ユニット"AOI" 新作リリース記念ライブへ行って来ました

マルチプレイヤーかつミステリアスな雰囲気が漂う石橋さん

一言で説明するのは到底無理なので割愛しますが


PVの監督は七尾旅人さんです



2:45あたりからの灰野さん めちゃくちゃカッコイイ!
石橋さんもナスノさんも映ってませんが…


今回の作品は道元,一休,宮澤賢治,などからインスパイアされた

アンビエントで日本的情緒溢れる世界に

即興的でアヴァンギャルドなsaxとbassの音が飛び交う

とてもとても不思議な魅力が満載 素敵な仕上がりです!


Gianni Gebbiaのsaxは 時に打楽器のよう,時に尺八のようでした



Daniele Camardaの6弦bassはシンセのような音色やフィードバック・ノイズも奏で 
bassの域を軽く超えていました(2:00頃からのbassソロ必見です!)


素敵な一夜をありがとうございました






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2009/07/18

「それでも恋するバルセロナ」

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相当笑えて 相当泣けて

生きることと恋愛の位置関係を考えさせる

素晴らしい内容でした

ウディ・アレン作品という点を抜きに観ても

相当腹筋痛かったです

"ガキの使い"の大晦日罰ゲームを見るような気分


「ハモンハモン」の"ハムの人"

(ハビエル・バルデム "ニンニクの人" "「ノーカントリー」のおかっぱの人"でも可)

男前でどことなく大木こだま師匠に似ているそのルックスも相まって

赤いシャツに身をまとい顔のドアップを抜かれたあたりから

かつての彼の出演作(でも断然「ハモンハモン」!スペインだし)が頭をチラつき

あり得ないくらい大胆なプレイボーイ的提案を

2人の若きアメリカ美女(スカーレット・ヨハンソン,レベッカ・ホール)に

同時に吹っ掛けるあたりから 笑いをこらえるのに必死

(しかも 結果的にその大胆な提案に2人は乗っかる!)

公園で待ち合わせするシーンでガウディのトカゲの噴水を見ても笑えてくるくらい

感覚がマヒし 笑いのツボがスクリーン上に増殖して脳内を浸食


その後 形は違えど 2人のアメリカ美女たちは

"ハムの人"ことハビエル・バルデムにメロメロになってゆくわけですが

この2人の恋する心理描写が素晴らしかったです

片やオープン 片や秘めて 同時進行し

最初から火の中に飛び込んでいったり

火の用心という札を貼りながら本能的に火遊びを求めていったり


で 

ペネロペ・クルス登場で俄然面白さ100倍!

ペネロペはハビエル・バルデムと切っても切れない関係

2人はスペイン語が母国語なので 2人が会話する部分はスペイン語を

同じ場に居合わせたアメリカ美女に対しては英語を

並行して使い分けるのですが この会話劇がまた何とも言えず絶妙!


ペネロペ・クルスとハビエル・バルデムは

情熱的で芸術家肌のスペイン人という

ステレオタイプ(もしくは意図的にやや誇張気味)に

描かれていて

彼や彼女と 登場する合理的で物質主義なアメリカ人との対比や

自分探しやアメリカ的理想の幸福を今まさに手に入れんとする女性たちの

恋愛と生きるという位置関係がぐらぐら揺さぶられる様に

観ているこちらまで えぐられているかのような思いがしました


テーマソングとナレーション 

そしてウディ・アレンお得意のおしゃれな街並みが

随所を引き締めてくれ だらだらせず 

息つく間もなくあっという間の1時間半強でした





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2009/07/17

「ウルトラミラクルラブストーリー」

※ブログ掲載元のシステム変更に伴いログインに不具合があり
長期間ブログ更新出来ませんでした
無事ログイン出来るようになりましたので 更新します

20090718


横浜聡子監督の「ジャーマン+雨」

長年の勘で観るのを避けてきた映画です

京都みなみ会館で本人来館ありの異例のロングランを続けようとも

TSUTAYAでお手軽にDVDレンタルできようとも

頑なに拒んできました


僕はポップなものが平均以上に好きな男性だと思いますが

例えば 

梅佳代さんあたりから個人的違和感を感じる木村伊兵衛賞受賞の写真家の方々や

同じく長年の勘で未見でありながらも観ると絶対後悔するであろう「かもめ食堂」など

ポップなら何でも受け容れるわけではないどころか 逆に意固地です


前置きが長くなりましたが 

にもかかわらず「ウルトラミラクルラブストーリー」を慌てて観に行った理由は

浅田彰さんとミルクマン斉藤さんという

学生時分に少なからず観るべき映画のチョイスを学ばせていただいたお2人が

ともに公式サイトに絶賛コメントを寄せていることを知ったからです


感想ですが

喜怒哀楽どれにも引っかからずぽかーんと2時間が過ぎてゆきました

退屈も苛立ちも少なく 最後まで観通すことは出来たのですが

何かを得たと思しき感動を映画館から持ち帰ることは出来ませんでした

もちろん 安直に結論めいたものを提示され思考停止するよりは

鑑賞者の想像力に委ねてもらった方がマシなのは言うまでもありませんが

後者に近いながらも思考停止に陥り気味で面喰った感が若干ありました


それでも

観て良かった気はしなくもない何かは残る・・・

という奇妙さ

他作も含め横浜聡子監督については しばし態度保留します


大友良英さんの音楽にアウェイを感じたのは僕だけでしょうか?

もちろん「幽閉者」のラストのような

もはや作品と同化したと言って過言ではない秀逸さは 

初めから求めていませんでしたが

劇中 石川高さんの笙の音が若干むなしく響いて聞こえました


でも いちばんのツッコミどころは

"衣装 伊賀大介"

というエンドロール

どこ? 嫁が羽織っていたあのラヴェンハムかどこかのジャケット?






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